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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2130号・昭56年(ネ)2070号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

一 本判決の理由では、「一 本件和解の成立」の項で、「請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。」としており、また、本誌には「事実」の掲載を省略してあるから、判決理由理解のため、請求原因1の事実すなわち和解の成立と内容について説明すると以下のとおりである。

二 X(原告)は亡母Aの実子であり、Yら(被告)はAの養子である。Aの死亡により遺産をめぐる紛争が発生し、訴が提起されたが昭和五四年三月二九日、遺産分割として裁判上の和解(本件和解)が成立し、調書(本件和解調書)が作成された。本件に関係のある内容を見ると、遺産三筆の土地を地上建物の位置と関係なく、二点(イ点とロ点)を結ぶ直線をもつて二分することとしたため、X・Yらがそれぞれ取得する土地上に相手方の取得する建物の一部が所在する状態となることとなり、そこで取決められた和解条項の要旨は次のとおりのものである。

(イ) 直線の西側部分の所有権をXが、東側部分の所有権をYらが持分二分の一ずつ共有して、各取得する。

(ロ) (イ)によりそれぞれの土地の所有権を取得した者は、その取得した土地上にその大部分が存するそれぞれの建物の所有権を取得する。

(ハ) 本件第四の建物の所有権及びその敷地の借地権はXが取得し、右賃貸中の建物の賃料はすべてXが取得する。

(ニ) X及びYらは、当分の間それぞれ取得する土地上の各建物について、現状有姿の状態を尊重し、相互に異議を述べず、かつ使用料の請求をしない。

三 土地、建物等の売買、賃貸借、明渡等に関する契約書中には、「現状」、「有姿」等の文言が使用される例が見られ、その解釈をめぐつて紛争を生ずることがある。本件は具体的事案に関してではあるが、右解釈を示した一事例として、他の事案にも参考となるところが多いものと思われる。

【判旨】

一本件和解の成立

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二本件建物係争部分の収去及び本件土地第一係争部分の明渡等の請求について

1 第一審被告ら共有の本件建物係争部分が第一審原告所有の本件土地第一係争部分(ただし、その面積を除く。)をその敷地として占拠していることは当事者間に争いがなく、本件土地第一係争部分の面積が第一審原告主張のとおりであることは、<証拠>により、これを認めることができる。

2 前記当事者間に争いのない和解特約条項によれば、第一審原告及び第一審被告らは、それぞれの取得する土地上の各建物について、当分の間、現状有姿の状態を尊重し、相互に異議を述べず、かつ、土地の使用料の請求をしない旨約していることが認められるが、右約定により、第一審被告らは、「当分の間」、無償で、本件建物係争部分の敷地として本件土地第一係争部分を占有する権原を認められたものと解される。

3 そこで、一審被告らが和解特約条項により認められた右占有権原を失つたかどうかについて判断する。

(一) 第一審原告は、まず、「当分の間」とは本件和解成立時から六か月程度を意味するものであり、その経過により第一審被告らは本件土地第一係争部分の占有使用の権原を失つた旨主張し、原審及び当審における第一審原告本人尋問においてこれに一部符合する供述をしているが、右供述によると、その点につき相手方である第一審被告らの了解を受けたものではなく、本件和解当時第一審原告が内心においてそのように考えていたにすぎないものであることがうかがわれ、他の右主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>を総合すると、第一審原告は亡柴田ちんの実子であり、第一審被告らは養子であつて、第一審原告と第一審被告柴田ミツ子とは従兄妹の関係にあること、本件和解の遺産分割によつて亡柴田ちんの遺産の三筆の土地を二分して第一審原告及び第一審被告らが各別に取得することとするため、建物の位置と関係なく原判決図面のイ点とロ点を結ぶ直線をもつて右三筆の土地を二分したため、第一審原告及び第一審被告らがそれぞれ取得する土地上に相手方の取得する建物の一部が所在する状態となつたこと、右のようにその一部が相手方の取得する土地に所在することとなる建物は第一審被告らの取得する本件建物一棟のほか第一審原告の取得する建物一棟があり、いずれの建物もその相手方の土地に所在する部分を収去するにはかなり大規模な改築をしなければならなくなること、本件建物の一部には第一審被告らが居住し、他の部分は第三者に賃貸されており、第一審原告が取得する建物も第三者に賃貸されていて、いずれも現に第三者が居住しており、容易にその明渡しを求めることができない状況にあつたこと、右各建物のほか本件和解の遺産分割により第一審原告及び第一審被告らが取得する建物は、いずれも建築後相当年月を経て老朽化しており、当事者双方とも右各取得建物を和解成立後それほど遠くない時期に取り毀して新築又は改築する希望をもつていたこと、しかし、前記のとおり右建物の一部に第三者が居住していてその明渡しを受けることが容易でなく、また新築又は改築の資金調達の見通しもまだ立つていなかつたため、改築時期を明確にすることができず、本件和解において各相手方の土地に所在する建物部分の収去時期を確定的に定めるには和解成立に更に多くの日時を要し困難であつたこと、本件土地付近は東京都が防災避難場所として買収する計画があり本件和解当時それがいずれ実施されることも予想されたこと、以上の事実を認めることができ<る。>右認定の事実によると、第一審原告及び第一審被告らは、それぞれ相手方が取得する土地に所在することとなる自己の取得建物の部分について、本来これを収去すべきものであるところ、時期は明確でないが当事者双方の取得する建物がそれほど遠くない時期に新築又は改築のため取り毀されるかあるいは土地が東京都に買収されるかして、いずれ各建物の一部が相手方土地に所在している現状についてその変更のあることが予想されたこと、また当事者が親族関係にあることを併せ考慮して、各建物の相手方の土地に所在する部分の収去時期を確定時期とするのは相当でないし、またその必要もないとの判断から、右の各建物が取り毀され又は東京都にその敷地が買収されるまでは右の建物部分を現状有姿のままとしてその収去を猶予し、その間その敷地部分を無償で使用することができるものとする趣旨で、和解特約条項が定められたものと認められ、したがつて、和解特約条項の「当分の間」とは、相手方が取得した土地にその一部の所在する建物が取り毀され又はその敷地が東京都に買収される等により建物の一部が相手方の土地に所在している現状についてその変更があるまでの間という趣旨であると解するのが相当である。そして、本件和解成立後本件建物係争部分について右の意味での現状に変更があつたと認めるに足りる証拠はないから、当分の間の経過により第一審被告らが本件土地第一係争部分を使用占有する権原を失つた旨の第一審原告の主張は、理由がない。

(二) 次に、第一審原告は、本件和解成立後の当事者双方の取得土地の利用状況の変化により和解特約条項の効力は失われるに至つた旨主張する。確かに、和解成立後の著しい事情の変更により和解特約条項の効力を認めることが著しく妥当を欠くに至つた場合には、右条項の定めにかかわらず、本件建物の本件土地に所在する部分の収去等を請求することができると考える余地がある。しかしながら、本件においては、第一審被告らがその取得した土地内の本件建物の一部及び他の取得した建物を取り毀して新築及び改築を完了していることは当事者間に争いがないが、原審における第一番被告柴田茂本人尋問の結果によれば、第一審被告らが取得した本件建物以外の建物は既に空屋であつたため、まずその建物を取り毀して共同住宅を新築し、本件建物の一部に居住していた賃借人をこれに移住させ、その後本件建物の五分の二程度を改築したものであり、本件建物の本件建物係争部分を含むその余の部分は資金的な理由で後日改築することとして第一審被告らがこれに居住していることが認められ、また、本件建物係争部分が本件土地の一部に所在しているために第一審原告がその取得した建物の改築をすることができない状態となつていると認めるに足りる証拠はないから、以上認定の事実関係の下では、和解特約条項の効力を認めることが著しく妥当を欠くような事情の変更があつたものということはできず、他に右のような事情の変更があつたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、第一審原告の前記主張も理由がない。

4 そうすると、第一審原告の本件建物係争部分を収去して本件土地第一係争部分の明渡しを求める請求及び本件土地第一係争部分の不法占有を理由とする損害金の支払を求める請求は、いずれも理由がなく、棄却すべきものである。

三本件車庫係争部分の収去及び本件土地第二係争部分の明渡の請求について

1 本件土地が第一審原告の所有であり、本件車庫係争部分が本件土地第二係争部分を占拠していることは、当事者間に争いがない。

2 <証拠>によれば、本件和解成立当時、本件車庫の所在場所とほぼ同一の場所に車庫(以下「本件旧車庫」という。)が所在し、その一部がほぼ本件土地第二係争地の部分を占拠していたこと、第一審被告らは昭和五四年一一月ころ、本件和解の遺産分割により第一審被告らが取得した土地の南側部分に所在していた建物を取り毀してその跡地に共同住宅を建築し、昭和五五年二月下旬ころこれを完成し、引き続き同年三月ころ本件建物の東側部分を取り毀してその跡地を駐車場としたが、右共同住宅の建築作業用自動車の出入及び建築資材の搬入通路として本件建物の西側の本件土地の一部を使用するのに障害となるので、昭和五四年一一月ころ本件土地に所在していた部分を含む本件旧車庫の大部分(当審において第一審被告柴田茂は、本件旧車庫のうち取り毀した部分は本件土地第二係争部分を敷地としていた部分のみである旨供述するが、<証拠>に照らし措信することはできない。)を取り毀したこと、第一審被告柴田茂は個人タクシー業を営んでおり、車庫の設置が必要であつたので、昭和五五年五月ころ本件旧車庫のあつた位置に、本件旧車庫の柱及び金属製のなまこ板並びに新しいプラスチック製のなまこ板及び屋根の資材を使用してほぼ本件旧車庫と同規模の本件車庫を建てたことが認められ<る。>

3 ところで、和解特約条項により、その当事者双方は、相手方の取得した土地に所在する自己の取得した建物部分の敷地について、右建物が取り毀され又は各取得土地が東京都に買収されるなどにより右建物部分の現状に変更が生じるまでの間は、これを占有する権原を有することとなつたことは、前記二の2及び3の(一)で判断したところにより明らかであり、したがつて、第一審被告らは、本件旧車庫の本件土地に所在する部分の敷地について、本件旧車庫の右部分の現状に変更があるまでの間、これを占有する権原を有していたものというべきである。

弁論の全趣旨によれば、第一審原告は、第一審被告らが本件旧車庫を取り毀したことにより本件旧車庫の本件土地に所在した部分の敷地(本件土地第二係争部分)の占有権原を失い、したがつて、第一審被告らは、その後に建築した事件車庫係争部分の敷地としてなんらの権原もなく本件土地第二係争部分を占有していると主張するものと解されるところ、前記2認定の事実に照らすと、第一審被告らが本件旧車庫の大部分(本件土地に所在した部分を含む。)を取り毀したことにより、本件旧車庫の本件土地に所在した部分の現状に変更をきたし、第一審被告らは、本件旧車庫の本件土地に所在した部分の敷地(本件土地第二係争部分。)を占有する権原を失うに至つたものと解するのが相当である。

第一審被告らは、本件旧車庫は一時的に取り毀したものにすぎず、大部分本件旧車庫の資材を使用して本件車庫を再建したものであるから、現状有姿の状態は継続しており現状の変更はないと主張する。前記認定の事実によると、本件旧車庫は第一審被告らの共同住宅新築のための作業用自動車の出入及び資材の搬入の通路の障害となるため取り毀され、右新築完了後しばらくして本件車庫が本件旧車庫とほぼ同一位置に同一規模で再建されたものであると認められるが、本件旧車庫の取り毀しは、本件和解成立当時予想された第一審被告らの取得した建物を取り毀して新たに建物を建築するに伴つて行われたものであり、その大部分が取り毀され、本件車庫が再建されたのは約半年を経過した後であつて、その際に新しい資材もかなり使用されていること、本件旧車庫の本件土地に所在した部分の敷地の占有権原は、本来右所在部分は収去されるべきものであるがそれほど遠くない将来本件建物等の取り毀しが予想されたのでそれまでの間収去を猶予してその間に限り与えられるにすぎない趣旨のものであつたこと、第一審被告らとしては本件建物の東側部分の取り毀し跡地に車庫を建築することも可能であつたのであり(仮に右車庫の移転について東京陸運局長の認可が必要であつたとしても、<証拠>によれば、第一審被告柴田茂が昭和四四年に住所、営業所、車庫の変更をした際には申請の時から約二か月で認可がされており、本件旧車庫の取り毀しから本件車庫の再建時までの間にその認可を受けることも可能であつたと認められる。)、殊更本件土地に侵入して本件車庫を再建しなければからない事情も認められないことに照らすと、本件旧車庫の取り毀しにより現状の変更が生じたというべきであり、本件車庫の建築がされたことによつて本件旧車庫の現状有姿の状態が継続し現状の変更がなかつたことになるものと解することはできず、第一審被告らの前記主張は採用することができない。

4 そうすると、本件土地の所有権に基づいて、本件車庫係争部分を収去してその敷地である本件土地第二係争部分の明渡しを求める第一審原告の請求は理由があり、これを認容すべきである。

(香川保一 越山安久 吉崎直彌)

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